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肺がんからの生還
「神奈川から肺と胃のがんをなくす会」が発足しだのは一九七六年のこと。
東京、宮城、愛知などと並び、肺がんと胃がんの早期発見のための体制作りでは全国の先駆けとなったが、同会の肺がん生還者第一号S氏は一九一八年生まれの男性である。
八〇年、S氏が六十二歳のときだ。
地元の病院でのX線画像検査の結果、担当のE医師が左の鎖骨下に隠れるような白い陰影を見つけた。
熟練の専門医でも見逃してしまうほどの微小なもの。
肺結核か肺がんのどちらかだ。
最初に肺結核の喀痰培養検査をしたらマイナスという結果が出た。
「その時点で八〇パーセントは覚悟を決めました。
しかし、残りの二〇パーセントがもうひとつ釈然としないのが気になって……」
そう語るS氏は当時、日本冷凍食品検査協会に長く勤務する検査のスペシャリストであった。
職業柄、肺がんを自分で納得するのに「残りの二〇パーセントの確認」を曖昧にはしたくなかったのだ。
「私は化学分析の専門家でしてね。
我々の検査の仕事にはひとつのセオリーがあって、あらゆる検査というものはミスを防ぐために必ず二回はやるもの。
私は、肺がんの手術をするのだから、もう一回確認してみようと考え、国立がんセンターの検査を受けました」
セカンドーオピニオンを求めた国立がんセンター(現・同センター中央病院)では、内視鏡部長のI医師が同じ診断結果をS氏に伝えた。
「こんな小さな病巣を、E先生はよく見つけましたね。
大丈夫、これだけ早期の肺がんだと手術で治ります」
検査データ上も、S氏の肺がんは八〇八IセントがI〇〇パーセントになった。
「あとはE先生を信頼しておまかせしました」
左肺上葉部切除の肺がん手術は二時間半で終わった。
「根治手術ができましたから、予後良好です」とE医師が太鼓判を押したとおり、S氏の早期肺がんは二十年間再発もな
く、完全に治った。
がん治療の世界では近年セカンドーオピニオンが当たり前のように語られるが、自分が納得できたら元の主治医のもとで治療を受けるのが本来のあり方だ。
二十年以上も前に、S氏はそれをさりげなく行った。
この点でも「肺がん生還者第一号」の称号に値する優等生患者と言える。
医療という営みが、治す側(医者)と治される側(患者)で成り立つ関係である以上、それぞれに説明義務と自己責任が問われるのは言うまでもないことである。
そしてまた、医療が人間の営みであるからこそ、十分信頼できる医師や病院なら、医者まかせ、病院まかせというのも患者の生き方としては一つ正しいの選択であるとも、私は思っている。
心身両面の相談相手
最後に、わが知人Aさんの乳がんの治療経過を記しておく。
Aさんは、B大学病院のがん手術を断り、転院先になった東京厚生年金病院外科部長の志田晴彦医師の手で治療を受けた。
志田医師は医師歴二十七年目。
大腸がんの治療テクニックでは国内屈指だが、ほかにも、転移性肝がんや乳がんの手術を手がけ、私の知る限りでは、外科手術がもっとも上手な医者の一人である。
名人芸のメスさばきに加え、がん治療の丁寧な説明、朝夕二回の病棟回診、退院後のフォロー(経過観察)のよさと三拍子揃い、誠実で紳士的な人柄は多くの患者家族から信頼されている。
今回のAさんの場合、本人から頼まれて私もその場に同席したが、志田医師の説明は大変わかりやすかった。
がんのできた部位と大きさの話からはじまり、手術前の胸部X線(肺転移の有無)や骨シンチ(骨転移の有無)、MRI(がん病巣の大きさ)の検査結果などが、約一時間をかけて説明されたのだ。
入院三日目に行われた乳房温存の手術は約二時間、リンパ節転移なし。
Aさんぱ、志田医師の手でほぼ完璧な乳がん手術を受け、その後の補助放射線療法のためIヵ月ほど通院したが、現在は、元どおりの元気な暮らしを取り戻している。
「病気の値段」と言えるが、医師による説明、がん手術の丁寧さ、手術後のフォローなど
の部分ぱ保険医療費に一切含まれず、その人がかかった医者次第だ。
その意味でも、がんの医者のかかり方は十分考えたうえでの選択が必要である。
日本医学界の重鎮のひとり、日野原重明・聖路加国際病院理事長は、よい医療を受けるための医者選びの極意として三つの心得を説いている。
○あなたに対して必要な時間を取ってくれない医者、診察室で話をするときに目と目を合わさないような医者は敬遠する。
そういうタイプの医者は本気で患者の話を聞いていないから、別の医者を探したほうが無難である。
○患者は、自分の健康史を一度きちんと整理してみる。
既往歴から家族の病歴、アレルギー反応の出た薬剤名、女性なら生理の開始時期、流産の有無など個人情報を事前に整理しておけば、医者も助かるし、治療上でも大いに役立つ。
○患者が手書きの病歴を見せたとき、「素人のくせにこんなものを書いて」などという医者のところには二度と行かないこと。
逆に「よく書けましたね。
これ、預かっておきます」と受け取ってカルテに貼るような医者なら安心してよい。
がん治療は時として患者に大変な苦痛を強いる治療内容になる。
その際、本人ががんと知り、自分の意思で病気と闘う姿勢がないと、治療の途中で通院をやめるケースだってあり得る。
そうした時に、患者家族と医師とのコミュニケーションがとても重要な鍵になる。
あるがん専門医は語る。
「医師側からの一つのアドバイスは、医師ががんを教える場合、心身両面について最後まであなたの面倒を見てあげますよ、という意味が込められているのです。
医師を相談相手と考え、病気に関してはなんでも聞く、なんでも話すという形が、患者と医師の理想的な関係です。
病気の不安、副作用の悩み、治り具合、再発の可能性、生活の仕方などで最善の答えをもっているのは本来、目の前にいる主治医ですからね。
そして患者さん本人やご家族の疑問に対して真剣かつ誠実にお答えするのは、がん治療に当たる医師の当然の義務だということを知っておかれるといいでしょう」
よい医者がいれば、ダメな医者もいる。
がんに負けない気持ち
がんを生きる時、その人ぱ「再発」と「転移」の不安を頭に思い浮かべては、そうならないようにと願って過ごしている。
性別や年齢、社会的立場とも一切関係なく、がん患者特有の心理である。
では、がんに負けない心の持ち方、病気の考え方をどうすればよいか。
外科医の竹中文良氏は五十代前半でS字状結腸がんを体験した。
氏のがん体験から八年間が無事経過したころ、私が話を聞くと、次のように述懐された。
「私は第二段階(ステージH)の大腸がんでしたから、統計上の五年生存率は七〇パーセントでした(現在でぱ八〇パーセントにまで向上している)。
自分が生き残れる可能性を七〇パーセントとして安心するか、五年以内に死んでゆくとされる三〇パーセントを気にしてふさぎこむかは、やぱり本人の性格によるみたいです。
私の場合、俺は大丈夫、きっと生き抜けるぞと自分では無理にでも信じることにしたのです。
それで三年過ぎたあたりから、これはいける、五年後ぐらいからもう大丈夫だろう、俺は何とか逃げたかな、というのが実感でした。
今後出るか出ないかは、また新しいがんにかかるかどうかという可能性と大して変わらないと、いまぱ思っています」
がんの正体をよく知る医者だけに、自分ががんにかかったときの頭の切り替え方が上手である。
一方、がんが再発したとき、命を奪われないためには最善の治療を受けたい、名医の力にすがりたいとは誰もが考えること。
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